死ぬ前に見る夢

夢は恐怖か願望どちらかの反映なのだという。

いつどこで聞いた話かもう全く覚えてないのだけれど、その言葉だけが妙に心に残っていてことある事に思い出す。私にとっては夢とはまさにそういうものだからだ。

起きてからも記憶している夢はほとんどの場合恐怖の夢だ。具体的には遅刻と浮気。遅刻しそうになる夢と浮気しそうになる夢を何度も繰り返し繰り返し見る。私は実際には遅刻に対してかなり寛容な職場で働いているし、浮気をしようと思ったことも1度もない。それなのに夢の中の焦燥感はやたらに真に迫っていて、何度夢を見ても毎回毎回本気で焦るからおかしい。
と言いつつ、実は浮気の夢はもう見ない。2ヶ月ほど前に恋人と別れてからぱたりと見なくなった。私が何度も何度も繰り返し見ていたのはこの恋人を裏切る夢だった。誰かと付き合っているのに誰かと浮気する夢、ではなく、恋人(もう元恋人だが)その人と夢の中でも付き合っていて彼を裏切る。裏切りそうになる。夢の中でくらい現実と設定が違ったっていいのに、どんなに荒唐無稽な相手が出てきても私が恋人と付き合っていることだけは必ず現実通りで、彼を裏切る罪悪感に包まれた起床は毎度最悪の目覚めだった。

別れて1番よかったことは浮気する夢を見なくなったことかもしれない。そのくらいには高頻度でこの夢を見ていた。
多分私は本当に怖かったんだと思う。私のことを心から愛してくれている優しい相手を裏切ってしまう日がいつか来るのではないか、こんなに想ってもらっているのにいつか他の誰かを好きになってしまうんじゃないかと、付き合っている間ずっと怖かった。私なりに彼のことを好きなつもりではいたけど、激情に駆られることは全然ない恋愛だった。人を好きになるのがとても苦手な自覚はあるし、「そんなあなたがそこまでするなら相手のことちゃんと好きなんだよ」と友人にはよく言われた。「私から見たら相手のことすごく好きなように見えるよ」とも。それでも怖かった。本当だろうか、本当にこれは「私なりの好き」なんだろうか。ただそんなに相手のことを好きじゃないだけなんじゃないだろうか。それで私はいつか、もう一度他の誰かを今度こそ「本当に好き」になってしまうんじゃないだろうか。
この不安が表れた夢だったんだろうと思う。手を替え品を替え、幾度も幾度も罪悪感に苛まれながら他の誰かに迫られそれを拒絶できない夢を見た。

思えば私の夢は大抵そんな感じだ。遅刻の夢をよく見るのもそう。片思いをしていた高校生の頃も、好きな人が夢に出てくる時はいつもちゃんと現実通りに彼は私ではない人のことが好きだった。現実通りに私は彼に好きとは言えない。夢の中でくらい幸せになれたらいいのに、と何度思ったことか分からない。


ところがこの間、とても珍しく幸せな夢を見た。高校生の頃好きで好きでたまらなかった人が出てくる夢だった。私たちは現実通りにとても親しい友人のまま進学で離れ離れになっていて、今はもう会うことはおろか連絡さえほとんど取っていなくて、とても久しぶりに彼に会った。お互いの今の話をぽつりぽつりとした。
「ずっと付き合ってたあの子とはもう別れた、結局結婚はしなかった。あれから2回恋人ができたよ。お前に言おうと思ったけど、お前相手だからこそ言えなかった」
完璧だった。私が欲しい言葉そのままだった。

その日の朝は起きてからもしばらくぼんやりしていた。現実に帰って来れないとはこういう感じか、とも思った。
そうか、こういう夢もあるのか。恋は叶わなかったけど友達の立場を貫いたことには意味があったんだって思いたい。恋人にはなれなかったけど別の形の特別な存在だったって思いたい。今も特別な存在だって思っててほしい。そういう、ただ願望だけを詰め込んだ都合のいい夢。
こんな夢を毎晩見たら頭がおかしくなりそうだ。夢の中でくらい幸せになりたいってずっと思ってたけど、夢があんまり幸せだと起きてる意味がわかんなくなりそうで少し怖いとさえ思った。
本当は、彼が今どこに住んで何をしていて誰と暮らしているのか、結婚したのか子供はいるのか、私は何も知らない。彼も今の私を全然知らない。私たちは互いにかけがえのない大事で大好きな友人で、けれど今となってはほとんど連絡も取らずとても遠い。それが現実だ。

幸せな夢を見続けることに耐えられないから恐怖の夢ばかり見るのか、単に私の性格として願望より恐怖にフォーカスがいくタイプなのかは分からないが、私にとっては恐怖の夢より願望の夢の方が怖いことがよく分かった。
叶わなかった願望の夢を夜な夜な見るということは裏返せば朝が来る度現実に失望するということだ。朝が来る度あんな思いをして気にしないでいられるほど私は強くない。

これからも夢の中では大体良くないことばかり起こるのだろう。それでいい。幸せな夢を見るのは死ぬ時くらいでいい。